2009年02月24日

2000年1月1日

2000年1月1日

 『風のたより』では、年末年始歴史の旅ツアーを行なっています。2000年の年末年始ツアーは、北陸地方を旅することになっており、正月1日午前1時頃には、金沢ユースホステルに泊って酒を飲んでいました。すると仲間の一人が
「死んでいたかもしれない」
と口走りました。驚いた私はわけを聞くと、会社での仕事がうまくいってないと言います。それを気に病んで「自分は駄目な人間だ」とネガティブになり、やぶれかぶれになっていると言います。私は馬鹿野郎と叫びました。そして、その叫びに驚いているツアー参加者に、
「おまえらの力を貸してくれ!」
と無理やりたのみこんで、その問題を全員で討議することになりました。意見は百出し、話合いは明け方まで終わりませんでした。話合いは、翌日の電車の中でも続きました。今年の年末年始ツアーは、語りあいに始まり、語りあいの中で幕を閉じました。

 けれど私の頭から
「死んでいたかもしれない」
という言葉は何時までも消えませんでした。旅人の中にそこまで追詰められる人がいるというのが信じられなかったからです。話合いをしている最中に、そういう気持ちに同調した人が大勢いたということにもショックでした。
 さらに、自分も昔、にたような体験があったことを思い出したために、なおさらショックをうけました。そこで、今さらなのですが、月刊『風のたより』誌上において、もう一度「旅」について語りたいと思い、この文(『旅人的生活の方法』)を書く決意をしました。

 スワヒリ世界では、特定の所用のための遠出のことをサファリといい、所用を伴わぬ遠出のことをテンベアと言って区別しています。これは私たちが「出張(所用)」と「旅行」とを区別しているのと同じです。どちらも空間的移動には違いありませんが、サファリとテンベアも、出張(所用)と旅行も、あきらかに違うことを私たちは知ってます。
 では、主張(所用)と旅行は、どう違うのでしょうか? 一言でいえば、「日常」と「非日常」の差であるかもしれません。同じ移動でも日常の延長を単なる出張(所用)と言い、日常を離れて非日常の世界に入ることを旅行であると考えると、旅行と所用(出張)の差が明確になってきます。

 では、日常とは?
   非日常とは?
 いったいどういう意味なんでしょうか?

 カゴの鳥は、カゴの外では生きていけません。カゴの中でのみ生きられます。そういうカゴの鳥にとってカゴの中が日常になります。そして、カゴの外が非日常になります。
 カゴの鳥にとってカゴは完結した一つの世界です。生きていくだけならカゴの鳥はカゴの外に出る必要は全くありません。自分で餌をとることのできないカゴの鳥にとって、餌がもらえないカゴの外は危険すぎます。
 これは私たち人間社会にもいえることで、私たちは、国家・法律・会社・家庭・友人・モラル・対人関係・・・・といった社会的なカゴによって守られています。そして、そのカゴの中で生きているわけで、カゴの外に出る必要は全くありません。こういうカゴの中での生活を日常と言います。
 しかし、私たちは時々、日常(カゴの中)から飛び出して、非日常の世界に入ることがあります。これを「旅」とか「旅行」と言ったりします。簡潔に整理すると以下のようになります。

日常(カゴの中) =個人の生活空間
非日常(カゴの外)=旅(旅行)

 ここで重要なことは、日常は、個々人によって別々であることです。一人一人の生活空間が全く別々であるように日常というカゴも、一人一人全く違っています。完璧に同じ日常を共有している人間など、この世のどこにも存在していません。
 ということは、「旅」という行為も個々人の日常の違いよって、千差万別になってしまうということです。「旅」のありかたは、個人の生活空間によって全く違ってくるからです。

 ここで私の体験を話したいと思います。私は、中学3年の時の夏休みに吉川英二の『宮本武蔵』を読みました。読むうちに震えが止まらなくなり爆発しそうになりました。1ページめくるごとに竹刀で素振りを行ないました。当然のことながら睡眠をとることもなく、全8巻を48時間かけて読破しました。

 読み終えた後は、全身からあふれるエネルギーの処理に困って、山ごもりをすることを決意しました。けれど、山に入ってすぐに後悔しました。今までカゴの鳥どうぜんだった14歳の少年(私)にとって、夜の闇ほど恐いものはありません。テントもアウトドアグッズも持ってなかった私は、闇と孤独の恐怖に耐えられなくなったのです。私は夜中、竹刀の素振りや座禅をして、闇の恐怖と戦いました。睡眠は昼間にとりました。
 こんなことを数日続けて下山すると、不思議なことに世界が一変していました。見慣れた町並みが違う町のように見えました。友人・先生・両親も全く別人に見えました。

 この話を友人に話すと鼻先で笑われました。受験勉強の追込み時期でもある中学校3年生の夏休みに山ごもりをすることの馬鹿馬鹿しさを延々と説きました。そういう暇があったら少しでも勉強をせよというのです。当時の私は、この理屈に何一つ反論できませんでした。
 日常の理屈からすれば確かにその通りです。山ごもりしている場合ではなかったのです。しかし山ごもりの味を覚えた私は、学校帰りに毎日、山を散歩するようになっていました。受験勉強も30分やっては1時間くらい夜の散歩をするようになっていました。受験間近なのに勉強時間は確実に減り、山歩きと夜の散歩の時間が大幅に増えていったのです。 そして、どうなったか? 成績は下がったのか? 逆にあがったのです。

 世の中には不思議なことがあるものです。無駄なことのように見えて無駄でなかったりすることがあります。私にとっては、山ごもりが、それにあたります。
 山ごもりをする前の私は、両親と気まずい関係にありました。学歴信者の父は成績が悪いと遠慮なしに私を殴りました。私が反抗的な目をすると、父は何かの電源コードを鞭のように使い、そのたびに私の背中の肉がむけ、血だるまになりました。こういう日常を毎日くりかえしていると、どうしても人間がいびつになってきます。こういう事が、人間関係や素行や成績に響かないわけがありません。それがまた父親を怒らせる原因となり、悪循環となってしまいます。

 悪循環。

 悪いことが悪いことを産む。そして、どんどん悪くなっていき、それがまた悪いことを産んでいく。そういう悪循環から脱出するには、どうすれば良いでしょうか? 循環を切るしかありません。めぐりめぐる日常の輪から離れて、非日常の世界に一時的に逃避するのです。私にとっては、山ごもりが、悪循環を絶ち切るきっかけとなりました。山ごもりの後の父は一変し、急にものわかりが良くなりました。しかし、今になって考えてみると、一変したのは父親の方ではなくて私の方だったのです。

 いつの時代でも親子関係・友人関係・職場関係でうまくいってない例は多いものですが、うまくいかない原因の一つに悪いことが悪いことを産むという「悪循環」があります。しかもその悪循環から逃げ出せない。なぜ逃げ出せないのでしょうか?
 人はみな「日常」という限られた人間関係の範囲内で生きています。そしてその中で、自分の働きかけが他人に影響を与え、それが再び自分にはねかえってきて対応を迫られます。その対応がまた他人に影響を与えるといった、いわばシーソーゲームのようなことを繰り返し、一つの循環の中に生きています。

 そういう中では、全ての事件において当事者でから、日常という世界を客観的にみることができません。日常に追われて生きる私たちは、日常から離れないかぎり、自分を客観的に見つめ直すことなどできないのです。

 けれど
「でも俺は何も困らない」
という人もいます。日常の中に埋没していて何一つ不自由しない人も確かにいます。こういう人は、よい循環(シーソーゲーム)の中にいるわけです。
 問題は、悪い循環(シーソーゲーム)の中にいる人です。悪循環に捕まってしまって抜け出せないでいる人です。そんな人は、日常から脱出して悪循環を絶ち切る必要があります。それで初めて日常の世界を客観的に見ることができます。

 私にとっては、山ごもりがそれにあたります。山ごもりの後、世界が一変していました。自分がいない間に世界は一変し、私はまるで浦島太郎のような存在になっていました。また、山ごもりによって自分自身が変ってしまった。

 それでも日常生活を続けていくと、以前の自分に戻りつつあることに気がつきました。それがたまらなく不安だった私は、学校が終わると2〜3時間ほど山歩きをしました。夜は、何時間も闇の中を散歩しました。気がつくと知らない村を歩いていることもありました。そして、自分の中にある『別の空間』を消さないように気をつけました。
 本能的にしたことですが、これによって自分自身の中から何かが湧き出てきて心を浄化しました。禅や暝想をしている時と同じような効果があったのですが、不思議なことに禅や暝想よりも、夜の散歩の方が効果が高いことに気がつきました。
 そうなると、もっと日常から脱出したいという欲望が出てきます。そして家出や旅をしたくなり、自分自身を異次元の空間に置いて、自分を見つめ直したくなったのです。思えば、これが私と旅とのかかわりの始まりでした。

【風のひとりごと】
(月刊『風のたより』25号掲載文・2000)
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旅人的生活の方法

旅人的生活の方法

 『風のたより』では、年末年始歴史の旅ツアーを行なっています。2000年の年末年始ツアーは、北陸地方を旅することになっており、正月1日午前1時頃には、金沢ユースホステルに泊って酒を飲んでいました。すると仲間の一人が
「死んでいたかもしれない」
と口走りました。驚いた私はわけを聞くと、会社での仕事がうまくいってないと言います。それを気に病んで「自分は駄目な人間だ」とネガティブになり、やぶれかぶれになっていると言います。私は馬鹿野郎と叫びました。そして、その叫びに驚いているツアー参加者に、
「おまえらの力を貸してくれ!」
と無理やりたのみこんで、その問題を全員で討議することになりました。意見は百出し、話合いは明け方まで終わりませんでした。話合いは、翌日の電車の中でも続きました。今年の年末年始ツアーは、語りあいに始まり、語りあいの中で幕を閉じました。

 けれど私の頭から
「死んでいたかもしれない」
という言葉は何時までも消えませんでした。旅人の中にそこまで追詰められる人がいるというのが信じられなかったからです。話合いをしている最中に、そういう気持ちに同調した人が大勢いたということにもショックでした。
 さらに、自分も昔、にたような体験があったことを思い出したために、なおさらショックをうけました。そこで、今さらなのですが、月刊『風のたより』誌上において、もう一度「旅」について語りたいと思い、この文(『旅人的生活の方法』)を書く決意をしました。
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